知的、発達障がいを持つ方の行動②
知的障害や発達障害のある人たちが問題行動を示しやすいのはどうしてでしょうか?
第1に、知的障害のある人たちの行動レパートリーの乏しさが挙げられます。知的障害があるということを『いろいろな種類の課題を学習するのに多数の試行を要する人々』と考えることができます。つまり、適切な行動や言語スキルの学習が困難で時間がかかるということです。
問題行動は、叩く、噛むなど単純で粗大な行動が多く、知的な遅れがあっても習得されやすい行動が多いのです。例えば、お菓子を盗食したり、作業課題をひっくり返したり、作業中大声を出して走り回ったりする行動が考えられます。このように、知的障害があるために適応的な行動レパートリーが少なく、すでに獲得している簡易で粗大な問題行動を示しやすいということです。
第2に、適切な行動よりも問題行動の方が望ましい結果を得やすいという点が挙げられます。例えば、お気に入りの服がある時や、着ている服が気に入らない時に服を着替えたいという場面があるとします。こうした場合、服を替えたいという要求を通したければ、今着ている服を破る、服をトイレに詰める、服に便を塗る、といった単純だけど大変困った行動を行うことがあります。そうすると、保護者は厳しく注意するかもしれませんが、今着ている服は着ることができないため新しい服を出してこどもに着させます。こどもは要求が通り服を替えることができたという結果になるということです。
このように、問題行動を示すことによってすばやく容易に要求が通ることが多いため問題行動は維持されます(専門的に言うと『反応努力』が小さい、ということ)。逆に適切な行動では中々要求が通らないことが多いです。例えば、自分の身体を傷つけたり、急に大きな声をだしたりすると容易に周囲の注目を得ることができます(それが叱責であったとしても)。盗食すると食べたかったものが食べられるし、便を体に塗るとシャワーを浴びることができます。
以上の2点をまとめると、知的障害および発達障害のある人たちは行動レパートリーが少ないため、単純で獲得が容易であり、かつ、効果的に要求を通すことのできる問題行動を示すことが多いと考えられます。言い換えると、早期からコミュニケーションスキルを含む行動レパートリーを拡大する取り組みを行い、問題行動では要求が通らない対応を日々の生活で行うことによって、問題行動が形成されにくいということです。

第1に、知的障害のある人たちの行動レパートリーの乏しさが挙げられます。知的障害があるということを『いろいろな種類の課題を学習するのに多数の試行を要する人々』と考えることができます。つまり、適切な行動や言語スキルの学習が困難で時間がかかるということです。
問題行動は、叩く、噛むなど単純で粗大な行動が多く、知的な遅れがあっても習得されやすい行動が多いのです。例えば、お菓子を盗食したり、作業課題をひっくり返したり、作業中大声を出して走り回ったりする行動が考えられます。このように、知的障害があるために適応的な行動レパートリーが少なく、すでに獲得している簡易で粗大な問題行動を示しやすいということです。
第2に、適切な行動よりも問題行動の方が望ましい結果を得やすいという点が挙げられます。例えば、お気に入りの服がある時や、着ている服が気に入らない時に服を着替えたいという場面があるとします。こうした場合、服を替えたいという要求を通したければ、今着ている服を破る、服をトイレに詰める、服に便を塗る、といった単純だけど大変困った行動を行うことがあります。そうすると、保護者は厳しく注意するかもしれませんが、今着ている服は着ることができないため新しい服を出してこどもに着させます。こどもは要求が通り服を替えることができたという結果になるということです。
このように、問題行動を示すことによってすばやく容易に要求が通ることが多いため問題行動は維持されます(専門的に言うと『反応努力』が小さい、ということ)。逆に適切な行動では中々要求が通らないことが多いです。例えば、自分の身体を傷つけたり、急に大きな声をだしたりすると容易に周囲の注目を得ることができます(それが叱責であったとしても)。盗食すると食べたかったものが食べられるし、便を体に塗るとシャワーを浴びることができます。
以上の2点をまとめると、知的障害および発達障害のある人たちは行動レパートリーが少ないため、単純で獲得が容易であり、かつ、効果的に要求を通すことのできる問題行動を示すことが多いと考えられます。言い換えると、早期からコミュニケーションスキルを含む行動レパートリーを拡大する取り組みを行い、問題行動では要求が通らない対応を日々の生活で行うことによって、問題行動が形成されにくいということです。
